職業訓練を前提とした最低賃金保障を導入する

従来型の業種から、新たな分野への労働力の移行をスムーズにするためにも、職業教育、職業訓練が重要になる。しかし、現状ではそれがスムーズに進んでいない。それを阻んでいるのが、実は最低賃金法なのである。最低賃金法が、皮肉にも、失業の大きな要因の一つとなっていることは、よく知られている。失業は、全体でみると、労働の需要と供給が現在の賃金レベルでは釣り合わず、供給過多になっている状態である。しかし、賃金が下がれば、労働に対する需要は大きくなり、失業は解消に向かう。ところが現実には、最低賃金法などによる賃金の下方硬直性によって、それ以上の調整ができないため、需給が均衡できないまま、待機的な失業を生んでしまう。

日本でも、若年者、ことに十代男性の失業率が9%を超える水準に達しているが、その主要な原因とされているのが、最低賃金法である。最低賃金法のために、仕事ができない若者を雇って指導することが、企業にとっては、コストばかりかかりメリットが少ないという状況を生んでいる。長く働くのが普通だった時代ならば、その時期の持ち出しに目をつぶって給与を支払っても、仕事を覚えて働いてくれれば、長い目で見て帳尻があったが、近ごろのように、すぐに辞めてしまうというのでは、指導してやっと技術を覚えたら、もっと給料のいいところに変わられるということになりかねない。企業としては、未熟練の若年者の雇用に二の足を踏んでしまう。すぐに戦力になる経験者を雇った方がリスクが少ない。

ところが、この状況は由々しき問題を生む。若年者が頭の柔らかなうちに、職業訓練を受けて仕事を覚える機会を奪ってしまうのだ。その時期に就職できず、職業訓練の機会を持てないことは、その後の人生に長期的な不利益をもたらしてしまう。個人にとってだけでなく、社会にとっても大きな損失へと膨らんでいく。こうした問題を解消するためには、最低賃金法を適用しない職業訓練期間の制度を作り、賃金を安くするかわりに、企業は責任をもって若手の技術者を育てるという仕組みを整える必要がある。スイスにおいて、若年者の失業率が非常に低いのは、徒弟制度から発展した見習い雇用制度があって、手当は安いものの、若者が職業訓練を受けながら、週に一上一日は学校でも学ぶという仕組みが整備されており、企業も責任をもって若手を育てるという意識が根付いていることによる。

日本でも、最低賃金法に縛られない職業訓練制度を設けて、職業技能を持たない人が、まず訓練を受けるチャンスを持てるようにすることが重要だろう。訓練期間は、確かに低賃金になるが、失業したままで時間を無為に過ごし、職業技能をあまり必要としないアルバイトで中年まで暮らし、職業訓練の機会を永久に失ってしまうという事態を避けられる。この制度は、そうした状況に陥っている人を救済することにもつながる。しかし、それでは生活ができないという人も出てくるだろう。特に家族を抱えているような場合、職業訓練を受けてキャリアアップを図りたいが、その間の生活ができなくなってしまうので、そうすることを躊躇してしまうということも多いだろう。また、年齢や障害などのために、働きロが見つからないという場合もある。

そうした場合、最低賃金法に代えて、最低賃金保障を行うことが有用であろう。働いた時間に対して、最低賃金に達しない部分を国が補うのだ。たとえば、時給四百円で働いた場合には、最低賃金を七百五十円とすれば、足りない三百五十円分を、国が脊載するのだ。この制度により、実践的な職業訓練の機会が与えられやすくなり、同時に、企業は少ない負担で人材を育成することが可能になる。所定の職業技能を習得できるように指導することや職業訓練が修了した場合は、その後一定期間、正規職員と同じ待遇で雇用することを条件にする必要はあるだろう。職業訓練は、仕事内容によって半年から二年くらいの期間を定め、正規待遇での雇用を義務付ける期間は、職業訓練の期間と同じにする。