アジアの中間所得層

新興国などで年間可処分所得(税金を引いたあとの所得)が5000ドルから3万5000ドルの問に入る人のことを、中間所得層と呼ぶそうだ。日本円にして50万円から350万円ぐらいの間だろう。途上国や新興国の物価が安いことを考えれば妥当な数字だ。今アジアに、この中間所得層に入る人はなんと8億8000万人もいるというのだ(2009年時点)。しかも、この数字はまだ急速に増えているという。ここに日本企業にとっての重要な市場がある。アジアの中間所得層をどう取り込んでいくのかは、日本企業の、ひいては日本経済の将来の命運を握っているといっても過言ではない。

所得水準と消費パターンの間には顕著な相関関係が見られる。よく知られているのは自動車のケースで、所得がある水準にまで到達すると多くの人が自動車の購入を検討し始める。今の中国がその典型的な存在で、台数ベースでは米国を抜いて世界最大の新車販売台数を誇る国となってしまった。自動車だけでなく、家電製品、化粧品、ファッション製品、住宅など、ありとあらゆる消費財が所得水準の動きに敏感に反応するのだ。かつての日本でも「三種の神器」や「新三種の神器」などといって、所得上昇に伴う大消費ブームのことを語ったものだが、規模でいえばそれをはるかに超えた大消費ブームがアジアで起ころうとしているのだ。

私のところに来ていた中国からの留学生がいっていた。彼が中学生か高校生のころ、日本のブランドは多くの中国の若者にとってあこがれの存在であった。彼も一生懸命にお金をためてソニーウォークマンか何かの製品を買ったときの興奮は今でも忘れられないという。今は所得が低くても、日々所得が上昇していく人たちにとっては、一つ上のランクの商品はあこがれの存在であり、いつかは買いたいと考える対象でもある。グローバル競争の中で、日本の製品のブランドイメージは下がったとはいえ、まだアジアの人たちにとっては日本のブランドの多くはあこがれの存在であるはずだ。

それも高嶺の花というのではなく、もう少しすれば乎が届くようなところにある存在なのだ。日本製品のこの微妙なポジションを利用しない手はない。しかも、今この市場に手をつけないかぎりは、この大きなチャンスを逸することになる。中国での最近の動きを見ると、日本の消費財メーカーの中にもこうした機会を利用しようとする企業が増えていることがわかる。ユニクロ資生堂、ユニーチャームなどの動きはさまざま報じられている。現地で乳製品を展開し始めたアサヒビールの例も面白い。パナソニックなども、中国市場に合った商品開発に積極的なようだ。イオン、セブン&アイーホールディングスなどの小売業も動き始めている。より多くの企業がアジアの中間所得層の市場に目を向けることを期待している。

前項で、アジアの中間所得層が8億8000万人もいるということを書いた。この点は日本の産業界の将来展望を考えるうえでもきわめて重要なので、今回この問題を別の角度から考えてみることにする。中間所得層とは、年間の可処分所得が5000ドルから3万5000ドル、日本円にしておおよそ50万円から350万円の間に入る人のことだ。この中間所得層の人数は、95年には2億人弱しかいなかったことを考えると、この増え方は大変なものである。ちなみに8億8000万人の中身を見ると、中国をはじめとして、インド、東南アジア諸国連合ASEAN)諸国など、アジア全域に幅広く広がっていることがわかる。